Yoko's poem works
伊藤 洋子 の 詩
享楽
わたしの體が遠くなっていきます
あなたの軀も遠くなっていきます
あ
淫らに降っている 雨
今日は やっと
木曜日
わたしの事務机には
明日から
毎日
お花が飾られる
わたしの體が冷たくなっていきます
あなたの軀が冷たくなっていきます
わたしの體が好きです
あなたの軀が好きです
家に残されたあの男の体も好きです
わたしを初めて抱いたあの男の体が好き
わたしの骨はあの男の家へ戻される
骨だけがあの男の家へ戻される
あの男は
骨壺から骨をとり出し
それを抱いて眠る
わたしの骨を抱いて眠る
あなたの骨は
あなたの家へ帰る
あなたを産んだ母や
あなたがつくった子供たち
の待つ
あの家へ
あなたの骨は帰る
わたしは
うばってしまった
あなたからいのちを
あなたは
もらってしまった
わたしからこどくを
昔
夫を奪われた女がいた
奪ったのは私の母
昔
娘を奪われた母がいた
奪ったのはあの男
今
妻を奪われた男がいる
奪ったのはあなた
今
父を奪われた子供たちがいる
奪ったのはわたし
そして
わたしはあなたの子供を宿している
ふたりで「地獄」と名づけよう
「地獄」は何度も何度も話しかけている
わたしの體へ
「地獄」はどんどん喰べていく
わたしの體を
「地獄」は嫉妬している
あなたの軀を
たったひとりの子供
「地獄」よ
おまえは
ひとりでうまれてきて
ひとりであそんで
ひとりでないて
ひとりでおこって
ひとりでわらって
ひとりでしんでいくのですか
ひとりでいきていくのですね
たったひとりの子供
最初で最後の子供
「地獄」よ
わたしの體とも離れて
あなたの軀とも
わたしの心ともこれで
本当に離れて
永遠にひとりで生きていくのですね
永遠に続く金色(こんじき)の中で
ひとりで生き続けるのですね
かさなりあったからだ
ふたつのからだよ
さあ 腐っていけ
もっと 腐っていけ
肉なんか蛆虫どもに
全部 くれてやる
赤い血
白い蟲
黄色い肉
ああ
なんて美しいのでしょう
わたしの體が溶けていきます
あなたの軀も溶けていきます
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