TopIto, Yoko 伊藤 洋子

Yoko's poem works

伊藤 洋子 の 詩

水の棺

台所の排水溝が再びこわれ出した朝

父伊藤 勇夫から電話

水が漏れている

昨夜のうちに真秀(まほ)の絵本は水浸し

冷たい

でも

読める

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ひよこのひよちゃんはいきなり泣いている

排水溝もいきなりこわれた

昨年夏に初めてこわれた時

大野初江が腎臓の病で入院していた

父の従兄の妻

六十四歳

県立の郷土資料館で働いていた

子供は三人

孫は四人

次男と長女は既に家庭を持ち

長男だけ独身だった

水が漏れている

排水溝は再びこわれた

大野初江は二月十三日に亡くなった

通夜が今日

明日は葬儀

ごめんなさい

今日も明日も出られません

酒直(さかなお)に帰れなくて

いいから

気にしないで

彼岸の時でもこっちに来られたら

線香をあげに行ってやってくれ

ひよちゃんは泣いている

こぼれる涙で水たまりができ

池になり

川になり

海になった

ひよちゃんは涙の中で溺れている

ひよちゃんは男の子なのか女の子なのかわからない

大野初江は私の母と同じ病院にいた

母の最初の入院の時 彼女が付き添ってくれた

二十年前のやはり二月だった

姉は大学受験

私は高校受験

あれから二十年

母が死に姉が死に

私は子供をひとり産み

大野初江が死んだ

夫大野昇七十三歳

長男保朗(やすあき)四十一歳

次男秀朗(ひであき)三十八歳

長女千枝子三十五歳

そして四人の孫たち

彼らを残して死んだ

大野初江は死んだ

私の母伊藤 クニよりも八歳多く生きて

死んだ

死んでいく

みんな死んでいくのか

水が漏れている

ひよちゃんのお父さんとお母さんは呼ぶ

船の中から我が子を呼ぶ

溺れている我が子を呼ぶ

ぼくは(わたしは)ここだよ

なんてことをひよちゃんは言わない

うれしそうに

ぴよ!

と手を振るだけだ

次の頁でひよちゃんは両親と船にいる

ぷかぷかぷかぷか

いいきもち

船を漕ぐお父さん

我が子をそっと抱くお母さん

話はここで終わる

ひよちゃんは死なない

水が漏れている

大野初江は死んだ


Yoko's solo exhibition
2007/07 に 同名の 伊藤 洋子 個展

[liquid coffin] Yoko's drawing solo exhibition / [水の棺] 伊藤 洋子 個展

[liquid coffin]
[水の棺]

あり。

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