廊下に出されている間
ふたりの手によって
母の顔に化粧が施された
化粧嫌いだった彼女の顔
全く別のものに変えていく
私に残されているのは
紅を引いてあげることだけだ
死者たちの唇を
幾度も滑っていった
ごくありふれた紅の色
ふるえる指やすくむ足を
第三者は気づかない
もうすぐ本当にもうすぐ
連絡を受けた者たちが
どやどやとこの部屋に集まる
この紅だけは私ですと
今さら説明する必要もない
かつて
中学校の予餞会の際
私のみ 化粧抜きで
寸劇に出た(桃太郎のパロディだった)
犬のお面をつけただけで
化粧の必要もなかったのだ
家族で誰も化粧のする者は
あの頃いなかった
おばあさんもアヒルの子も化粧をするのに犬だけは別格だ。ジュニア用のお化粧セットを持ってきてくれた子は、高校卒業後、ブラスバンド仲間の先輩の所にお嫁に行った。成人式も出ないまま。そんなこと関係ないのにね。
とり残された犬は
キビダンゴのおこぼれを
貰うあてもなく
春を夏を漂い続けて十年
母親の三回忌を終えて
姉の一周忌も過ぎて
既に喪中ではなくなっている
化粧を忘れた町娘たちが急な石段に
吸い込まれていく
化粧を絶った老婆たちがただの物体に
戻っていく
化粧を怠らない少年たちだけが地球上に残り
競い合っていく
※ 当作品は、月刊同人誌 [異語] が企画した [伊藤 洋子小特集] に収録されたものです。
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