Ito, Yoko 伊藤 洋子

Yoko's poem works

伊藤 洋子 の 詩

隣

わたしの隣にはいつもあなたがいる
あなたの隣にはいつもわたしがいる
あなたは何もかも見続けてきてくれた
あなたの娘の三十一年の歩み
今日のようなかなり暑い日の午後
あの一瞬
あなたの顔と壁と空とシーツのすべてが同じ色になってしまいました
とうとう九回目の夏
あなたを喜ばすことなんて何もありませんでした
ぶつかりそうなほど近くを歩いていても
あなたに触れることもできない
あなたの声を聴くこともできない
だから
あなたの苗字は一生手放しません
わたしが他人の苗字になることも
わたしが他人と暮らすことも
わたしが他人を産むこともない
わたしがまだ十七か十八の頃
あなたはたった一度だけわたしに話してくれました
父子家庭でひとり娘のあなたが
身動きとれないのなら
家でお父さんのめんどうをみるから
ふたり一緒に来て欲しい
あなたがわたしの父と出会う以前の話
初めて申し込まれて初めて断った話
産まれてすぐに息をひきとったあなたの兄妹よりももっと前から
あの土地で滅んでいった人たちが沢山いて
あなたはいつも目をそらさなかった
あなたが断った数年後
痛みと長い時間をかけてわたしは産まれた

泣かないで産まれてきたといわれるわたしは
あなたの何をもらってきたのでしょう

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