TopIto, Yoko 伊藤 洋子

Yoko's poem works

伊藤 洋子 の 詩

髪——緑の果て

一九五二年
二十一歳の冬
以前から体の弱かったあなたの母親
五十七歳で息をひきとった
娘の結婚相手に出逢うこともなく
孫を抱くこともなく
あなたは家を出ることを諦めなければならなかった

父親は元気だったが六十を越していた
子供はあなたの他にいなかった
和裁と家事そしてわずかな農作業
何か行事があるごとに
口うるさいおばさんたちに混じって
時を過ごすしかなかった
髪を伸ばすのが好きではなかった
あなた
女の子はオカッパか三つ編みにしなければいけないという時代は
 もうとっくに終わっていた
でも
すぐには切らなかった
すぐには切れなかった
緑色の小さなアルバムの一番最後のページ
二十歳のあなたが写っている
長い髪でミシンの前に立っている
わたしには似合ってみえる
写真でしか見られないあなたの長い髪
記憶をたどってみても
わたしの中には長い髪のあなたはいない

少女時代
自宅から下総松崎(しもうさまんざき)の学校まで
あなたは毎日自分の足だけで通った
バスも通らない頃
あなたの父親は自転車を貸してくれなかった
緑の中を歩きながら
あなたの中に広がるもうひとつの緑
少女でも少年でもないひとつの肉体
使い古した自転車で風を切っていく
短い髪で風を切っていった

一九八六年六月
病室のドアをそっとあける
(当時はまだ四人部屋だった)

あなたの髪はわたしがこれまで見た中で
一番短く切られていた
病院の中の床屋で切ってもらったという
元気だった頃
あなたが刈り上げにしようとするたび
いつも反対してきた
似合わないからそれだけはやめてと
あなたは
髪を伸ばすことが好きではなかった
わたしは
長い髪のあなたが好きであった
決して出会うことのないあの写真のあなた
無雑作に切られた髪で氷の上に横たわっているあなた
四十年近い時間の流れ

個室に移されて二〇日足らずの午後三時
あなたの両眼が開かなくなった時
緑色の風が吹いていった
少し伸びた髪の上を

library

list

伊藤 洋子の詩
一覧

Yoko's poem works

poem

Top events Yoko
Ma_ho_Ma_ho_Family
まほまほファミリー
今後の活動
今までの活動
伊藤 洋子
詩人

navi » サイト内ナビ

inserted by FC2 system