去勢された狐たちが金槌で氷砂糖を砕いている。頬杖をついて短いスカートの裾が見えかくれするわたしの口めがけて、「ほらよ」かけらを放り込む。
オシロイバナが咲いていれば隠しようのないのが錆びた鉄の匂い。あれほど忘れていたのに三週間ぶりにわたしを見つけ、追いまわす。錆びた鉄の匂い。体の中心を染め、腹、背中、脚、腕、首、顔、そして髪に広がったらわたしの匂いとなる。数年前、蒸気機関車の通る田舎町で、こんな匂いを身につけながら生まれてきたような錯覚にとらわれる。一年のうちで六〇日、およそ二か月つきまとわれる。体の奥で自分の意志とは無関係に整えられているのは次の生命のための寝床。お姫さまでも娼婦でも芸人でも癩(らい)病でも関係なしに天から贈られてくる。寝床を体の内側から抱えて、なおかつ買物籠を腕に持つから、大きくなると走るのが、たまらなくかったるくなる。つくって、こわして、またつくられて、こわされて、またつくられる。そこにうずくまる資格があるのは、これから生まれる子供なんかじゃない。氷砂糖を砕いている狐たちでもない。
鉄の匂いは雨によっていっそう激しくなる。葉っぱの先に止まっていた蝸牛がつるりと滑り、ぐちゃぐちゃした地面に落ちている。それを二本の指で軽くつまんで、土の中に埋める。犬小屋の前は、料理とも言えなくなった食物(しょくもつ)の山で堆(うずたか)い。犬の嗅覚がおかしくなるくらいに。氷砂糖の甘味(あまみ)が後になるにつれて口中に広がる。
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