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伊藤 洋子 の 詩

バッグの底に

新しい日は、湯をわかすことから始まる
北千住の狭い駅のフォームで日比谷線を待つ
背中が熱い 頭が熱い 足が熱い
既に火にかけられている
ぬるま湯を口から注ぎ込まれ
火にかけられている
20歳を越してからのひと月はとても短い
定期を買う時いつも迷っていた
北千住で乗り換えちゃうか
上野まで行って乗り換えるか
階段をずっと降りていくけだるさ
何本見送っても乗車できないいらだたしさ
湯がわくまで
縁側に腰かけていた母の小さな姿
階段を降り切ったその下には
何か前向きな物が走っているように見えた
人の乗る電車なんて何本も何本も見送ってきたのに
病院の廊下で話す母の横顔はあの日だけ妙にまぶしかった
自宅を出てから二か月と一〇日
その間 帰宅したのはたった一度
回数券は使い切れないまま残っていた
バッグの底に
しかもその期限切れの日に他界した
私の定期も使い切れなかった
ひと月位電車なんて乗らなかったのだから
化粧品もいっこうに減らなかった
赤く日焼けした肌とぼさぼさに伸びた髪
自宅と病院の往復だったからできたのさ
三度目の夏がもう近づいている
相変わらず湯をわかすことから始まる

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