TopIto, Yoko 伊藤 洋子

Yoko's essay works

伊藤 洋子 の エッセイ

よーこ先生、しっかりしてください。

ホタルブクロの咲く頃

2001/07 vol.007

今日は、私の部屋で

滝雄が眠っている。

めがねをかけない滝雄の顔が好きだ。

眠っている滝雄の顔が好きだ。

滝雄は、人前でめがねをとりたがらない。

滝雄は、写真を撮るのは好きだが、

撮られるのは、大嫌いだ。

特に、私と一緒に撮られるのを ものすごく いやがる。

そして、私と並んで歩くのも…。

 

滝雄と私は同い年ではない。

滝雄が3歳になるかならないかの時、私が産まれた。

滝雄が何人きょうだいなのか私は知らない。

滝雄の母のことを知らない。

滝雄の父のことも知らない。

滝雄と私は幼なじみではない。

出会った時、2人とも20歳をとっくに過ぎていた。

滝雄が来ると、ただでさえ狭い私の部屋がますます狭くなるのでいやだ。

寝室も書斎も食事も兼用のこの部屋に来られるのはいやだ。

滝雄はいやだ。

眠っている顔だけが好き。

しゃべっている滝雄はいやだ。

関西生まれでもないのに関西弁をしゃべる彼はいやだ。

生卵が食べられない滝雄はいやだ。

半熟卵が食べられない滝雄はいやだ。

かつおぶしが食べられない滝雄はいやだ。

外で会おうとしない滝雄はいやだ。

自分の部屋へ私を入れない滝雄はいやだ。

私の部屋でたばこを吸う滝雄はいやだ。

汚れた爪で私をまさぐる滝雄はいやだ。

私の胸と性器しかさわらない滝雄はいやだ。

他の女とは写真に撮られたがる滝雄はいやだ。

滝雄と別れられない私もいや。

 

私は日記とも詩とも作文ともつかえない文章を途中まで

(或いは これで簡潔なのか?)書き、立ち上がる。

娘も息子も夫も(滝雄ではない)実に良く眠っている。

(私が現在住んでいるのはワンルームではない。

台所8畳、洋間・和室共に6畳ずつ、そして、トイレと浴室。)

空腹を感じたので、台所に立ち、2週間ほどまえに生協で購入した、ノンカップ麺和風シリーズのうちの1つ

ねぎそばの袋を箱から取り出し、小型鍋で湯をわかし、

その麺を軽く煮た。丼に移し、箸を取り出し、

おなじみのガラスのテーブルに置く。

吉行淳之介の「暗室」という長編小説に登場する

夏枝 という女性は、主人公である 中田

(男性。既に肉体関係にある)の前で、物を食べる姿

を絶対に見せないのだが、或る日、

ひらきなおりなのか、こわれてしまったのか、

中田とレストランへ行った時、タルタルステーキを注文する。

自分が生肉を食べる姿を恋人に見せようとする。

それは、別れのサインだったのか。

20代の頃、つきあっていた男性にはっきり言われた。

物を食べる時に、まずそうに見えると。

「僕の前ではまあいいけど

みんなで食事に行った時なんか

良くないんじゃないか」

いや、まさに、私は「暗室」の夏枝と同じように、

その男と、そういう関係にあったからこそ、

食べる姿を見せるのが恥ずかしかったのだ。

肉体関係なんてない人間の前でなら、

食も進むし、もっとうまそうに食べられたと思う。

それに私だったら

「僕の前でおいしそうに食べてみせて」

と言うだろう。

その男はもうあきらめていたのか。

そんなに長く続くとは思わなかったのか。

しかし、4年くらいつきあいが続いたんだけど。

武田泰淳の短編「ものくう女」にも

女性の食事のシーンがいくつか出てくる。

主人公の男性が

うまそうに物を食べる女と

まずそうに食べる女性と

の間でゆれて、

最終的に、うまそうに食べる方が選ばれるんだっけ。

 

食事をするのも 愛撫をするのも

同じ口である以上、

その頃は、やはり、そういう間柄にある男と2人だけで、

むしゃむしゃと物を食べるのは はずかしかった。

その男の前で全裸になるよりも。

(見せたことはなかったが)排泄の姿よりも。

ずっと。

 

そういう気持ちを思い切って話してみればよかった。

おそらく、かれには伝わらなかっただろうけれど。

時々、やっかいなことに夢に出てくるんですよね。

誤解しないで下さい。

いや、誤解しても けっこうですよ。

その男と私で、幕の内弁当的な物を食べているんだけど。

特に 私が わしわしと 食べている。

もう、二度と 色っぽいような事はないでしょうね。

その男と私の間には。

それで、いいんだけど。

 

私は丼と箸と鍋を洗い、所定の位置 に戻す。

台所の電気を消し、机に戻る。

ノートを広げる。

 

滝雄と物をたべるのがいやだ。

滝雄がずっと眠っていれぱいい。

滝雄がこの私の部屋で眠り続ければいい。

滝雄と私が一緒に物を食べる日がもう来なければいい。

滝雄が眠りつづければいい。

この私の体の中で。

この私の心の中で。

これで、もう、滝雄が目覚めないために。

 

私は 灯りをすべて消して、息子の隣で眠る。

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おかげさまで売れてます。

Almost poetical works of Yoko till 1998

[伊藤 洋子 大全 1998]

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